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ハローワールド

ときどき自分がネットで言われる最底辺の暮らしをしていると思うと悲しくなる。
割と将来があって安定していた身分として育ってきたこともあって何もない休日の朝とかに起きて「あれ俺なんで生きてるんだっけ?」とか浮かんできては余計に惨めに感じることがある。それでもいつかくる(??)陽の目を夢見て晩に寝ては朝に起きてなぜか前だけを見て仕事をしている増田。


簡単にいえばいまの収入は生活保護の支給額よりもほんの僅かに少ない。
それに社会保険などの控除を踏まえたらそれはもうとてつもなく少ない。

週末に駅前のショッピングモールで一週間分の食材の買い出しをして週の後半はスパゲティやうどんで食いつなぐのがいまのやっとの食生活だ。駅前といっても特に大きいわけではない。しがない地方都市の住宅地が建て並ぶ何の変哲もない小さな駅。新宿や名古屋、梅田にあるのような高層商業ビルディングのなかで白いコック帽をした料理人が並ぶビュッフェで仕事帰りに夕食がしたい。そんな夢を増田は抱いては捨てる。

貯金なんてもはやできる余裕などなければ増田には副業で稼げるスキルもない。
財形を含め保険などの勧誘はくるはずもなければできるはずもなくクレジットカードすら更新できるような収入を持ちあわせていない。

それでも増田が働き続けるのは一体なぜか。
認めたくはないけど唯一これが増田の適切な市場価値だからなのか...

収入に不満があるかと言われれば実力以上の収入をもらうよりは幸せだと答える。
増田は強がりだ。

日本は成熟した国家。
たとえ最底辺であってもわりと生活は恵まれていると思わざるを得ない。
しかしこれも詰まるところ運でしかないのが皮肉なところ。

自分で住む場所を選び自分で仕事を辞めて自分で働く職場を選択する。
実はこういうことに増田は支えられているのかもしれないな。

変に朝から遠い目をして増田は記事を書きながら昔読んだ「選択の科学」という本にあった言葉を思い出した。

選択肢は多ければ多いほど適切な判断ができるというものではない。

すなわち幸福は恵まれていることではなくて運とほんの少しの選択肢の中から自分で決断して生きることだということだ。

増田はそう曲解して自ら運を放棄して今日をまた生きていく。